映画版「ノルウェイの森」


映画観てからもうどのくらい立つのかな・・・トラン・アン・ユンてやっぱ日本人とは違う感性なんだなと感じたんですね、最初から・・・でも世界的な名作だからねこれ、がっちりできあがってるデッサンを、大胆に変えて構築するなんてのは、天才ピカソくらいしかできない大技ですからね、

 さすがにストーリーは、はしょってはいるけれど、映画化にノーといい続けた村上春樹さんの温情をかんがみわりと忠実に、まるでよくできたフランス映画の香りがそこはかとなくしますみたいな、可もなく不可もなく、まあ誰もが思い描くような「ノルウェイの森」の実写化ってのは無理なんですけどね、僕みたいにハルキストでこれが出た時系列で読んでたノル森ファンにもそれなりの感慨ってものがあったりして、けっこうややこしいわけです。・・・けっこうこのそこはかとなくが好きな言葉だったりしてね。

 だから、冷静にこの映画を語れなかった・・・ってのもあってこんなに時間が空いちゃったんですね。

 でもやっぱり僕もこの「ノルウェイの森」だけは、思い入れがはんぱないんで実写化して欲しくなかった一人です。

 「風の歌を聴け」が81年大森一樹 監督、小林薫 主演で映画化された時、そのひどさにがっかりしたのを憶えてるからね・・・関係ないけど小林薫ってその風貌で主演に選ばれたんじゃないかな、なんだかいつも村上春樹さんを思い出すんだよね、彼がTVに出たりするのを観てるとね、

 まあ現時点ではかなりいいんじゃないんでしょうかこの映画化、

ワタナベかっこよすぎなんじゃないとか、直子はなんか違うなとかレイ子さんも美しすぎるとか、キズキってあんな感じなのかなとかね・・・色々めんどうなんですけどね、

 ただひとつ、ミドリの水原希子だけは納得、あの瑞々しさは春樹さんが創造したミドリ以上なんじゃないかって思うくらいミドリっぽかったような気がします。

トラン・アン・ユンも多分恐らく一番思い入れがあったんじゃないのかなミドリに、

 今回映画を観てつくづく思ったのはやっぱり直子はワタナベがいたからこそこの世界に留まっていられたんだと言うこと。


 本当はキズキの死とともにすでに現実とはちぎれてたんですね、

セックスしまくるワタナベだけれど、うらやましいヤツだけれど、これはやっぱり純愛を描いた作品なんだと思い知らされました。

 死は生の対極なんかじゃなく、常に生の隣で、密かに息づき、その出番を待っているのが死なのだ、というワタナベの独白も、これだけ死を描いているのに、みどりという生の象徴がいることで直子という死の影を払拭できる・・・そう信じたい、そういう物語なんだと思う。